RUSH 「R40」ツアー ライヴ・レポート 〜「カナダの至宝」の気高き終わりの始まり〜 |
2015年6月19日 Air Canada Centre, Tronto, Canada レポート:とっかり2号
トリオ編成の極限に挑んだ超絶技巧、そして心/技/体が頂点で結合した、独自のインテリジェンス溢れるイズム。古くは「カナダ三大ハード・ロック・バンド」、'90年代以降のプログレ・メタルのムーヴメント以降は「プログレ・メタルの始祖」として、現在もシーンの頂点に立つカナダの至宝・RUSH。そのデビュー40周年を記念した『R40』ツアー。11月中旬には早くもライヴDVDもリリースされるという事で、その収録日となった、トロント公演2日目の様子を、綴っていこうと思う。
『R40』開始直前に出された、大規模なツアー活動を終了するという声明は、世界中のファンをバンドの地元であるこの地に集結させた。アリーナ前方には、観衆が手にする各国旗があちらこちらに見え、熱い空気がムンムンしている。定刻を少し回ったところで、場内が暗転、カリカチュアライズされたメンバーが登場するオープニング・ムービーが映し出された。代表曲をメドレーにしたBGMと共に、世界各地を旅するメンバーの姿は、再初期のハード・ロッカー・スタイルから、ダリ髭、短髪、そして現在…へと変化し、旅に旅を重ね、漸くこの地、トロントに辿り着く、というストーリー。アルバムのアートワークで使われたモチーフや、バンドにまつわるひねりの効いたアイテムが、アニメーションの中に散りばめられて、ワクワクさせられる。
最新作「Clockwork Angels」収録の“The Anarchist”からショウは始まり、ノリの良い“Headlong Flight”へと続く。ゲディ・リーのハイ・トーン・ヴォーカルは澱みなく響き、要所でコーラスを決めるアレックス・ライフソンと共にステージを縦横に走り、ニール・パートのドラミングは機械の如く精緻だ。彼らが過酷なツアーから身を引くことを決意するまでに、満身創痍で演奏していたなんて、誰が思うだろう?
「Snake & Arrows」のリーダー・トラック“Far Cry”でステージ前方のパイロが火を吹いた。インストの“The Main Monkey Business”で一旦クールダウン…するはずが、アリーナは一向に盛り下がらない。皆がメンバーの一挙一動を見逃すまいとする、熱気と集中力に満ちあふれている。ゲディのMCを挟み「The Vapor Trails」からの“How It Is”に続き、「Counterparts」収録の“Animate”がプレイされると、また歓声が挙がった。
「原点回帰」「プログレ・メタルに対するRUSHの回答」という歓喜の評のもとに、グランジ・ブームとDREAM THEATERの成功を狭間にした'94年、世に出た「Counterparts」は、'90年代以降のRUSHの方向性を明確に示した作品である。「Parmanent Waves」以降の作品を通じて確立した、無駄がなく明快な楽曲展開の必然性に加え、「Presto」での有機的で洗練された手触り、ディスコ・サウンドやヒップ・ポップまで取り入れた「Roll The Bones」における柔軟な同時代性。それらが先鋭的な唯一無二のハード・ロック・バンドである彼らの過去の蓄積のもと、渾然一体となった音楽がそこにあった。そしてRUSHの再評価は当然の如く、起こったのだ。彼らと同世代と思しき、白髪まじりの古参ファンに加え、その子、孫世代までのオーディエンスが、ここにいる。
なぜ私たちはここにいるのか? なぜならここにいるからだ
なぜ起こるのか、なぜなら起こるからだ
骨を転がせ
(“Roll The Bones”)
「Roll The Bones」のタイトル・トラックに続き、「Grace Under Pressure」('84)収録の“Between The Wheels”のイントロが重く響いた。今回は、新作から過去の曲へと逆に遡る形で、ショウが進行する。セットリストを決めるのに苦労した、とメンバーがツアー前にコメントしていたが、近年のツアーで、滅多にプレイされなかったこの曲を聴けるのは、今日ならではのことか。
トロント公演では、大きなサプライズがもう一つあった。「Signals」('81)収録の“Losing It ”の初演だ。しかもアルバム通り、元FMのベン・ミンクをゲストに招いて。この曲がライヴ演奏されなかった理由は諸説あるが、飽くまでも3人の編成に拘るが故、という話を聞いたことがある。実際、リー/ライフソン/パートの各人が際立った演奏者である彼らの音楽には、他のいかなるトップ・プレイヤーも入る余地がないし、誰にとって代わられることもあり得ない。バンド運営に伴うエゴの衝突や啀み合いとは無縁、この布陣が崩れたときが、RUSHの終わりを意味すると言っても過言でない程の結束が、いっそう彼らの佇まいに独特な高潔さを与えているのは確かである。
しかし、近年において例外がある。8人のストリングス奏者を帯同し、2012~13年にかけて行われた『Clockwork Angels Tour』。ここでは、最新作の曲のみならず、“Dreamline”、“Red Sector A”といった旧作の曲も含めて、RUSHの音楽のドラマをより振り幅広く表現することに成功している。このツアーでの実験は、演奏者、そしてファンが頑なに抱いていた固定概念を破る一つの切っ掛けになったのかも知れない。
そして、然るべきこの日に、“Losing It”は演奏された。全身全霊を音楽に捧げ、世界中の人々の喝采を浴び、穏やかに幕引きへの道を歩み始めたRUSHの姿、彼らと共に過ごした観衆一人一人の人生は、その歌詞に綴られた物語とオーヴァーラップして、この時を一層忘れがたく、特別な瞬間へと変えていく…。
ダンサーは狂ったようなペースを落とす
痛みと絶望の中で
痛む四肢と伏し目がちの顔は
汗まみれで赤く火照る
針金のように強張る身体、炎のように燃える肺
ほんの短い休息の間
彼女の記憶に溢れかえる
かつての喝采の響き
(中略)
世界を旅する運命に生まれ
ファンタジーの世界に生きる人々がいる
けれど我々の多くはただ夢見るだけだ
なりたいと望むものを
(“Losing It”)
第一部の幕引きには、“Subdivisions”が演奏された。そこかしこで観衆のエア・ドラムの拳が見える。センチメンタリズムに浸りすぎないこの構成も、実に彼ららしい。
第二部はこれまでのツアーで使われたオープニング・ムービーのダイジェスト&アウトテイク集で、笑いに包まれ始まった。『サウスパーク』風にメンバーが描かれたアニメーションに導かれ演奏されたのは“Tom Sawyar”だ。続いて“YYZ”が畳みかけられる。バックドロップに映し出された「Moving Pictures」のカヴァー・アートと同じ、赤い作業服を着たクルーが、曲の演奏開始と共に、徐々にセットを解体し始めた。このさりげなく、かつ芸の細かい演出も交えた場面転換は第二部終盤に渡るまで続き、セット・チェンジの余分な間や視覚的な煩わしさを決して与えることがない。見事だ。
“The Spirit of Radio”に続き、RUSH組曲の最高峰“Natural Science”、“Cygnus X-1(抜粋)”、今回のツアーで久しぶりの演奏となった“Jacob's Ladder”といった、プログレ・テイスト溢れる大曲が続々投下される。ゲディとアレックスがダブル・ネックを抱え演奏された“Xanadu”では、その勇姿を収めようとする観客のスマートフォンの光がアリーナのあちこちに点る。「2112」組曲全ての演奏で、第二部は大団円となった。
21日モントリオール公演にて。皆スマホで撮りまくりの見せ場。
'80年代に放映されていたカナダの音楽コメディ・ショウ『Mel's Rockpile』のパロディに導かれた第三部は、「Caress of Steel」収録の“Lakeside Park”で始まり、“Anthem”、“What You're Doing”と続く。アリーナ・ショウ然としたステージ・セットの数々は消え、講堂を思わせる古臭いベルベットの赤い幕だけの、シンプルな舞台。過去のツアーではフェイクの多かった初期曲のヴォーカルの高音部は、今日ばかりはと言わんばかりに、いまだ高く、力強く伸びやかに響く。“What You're Doing”のイントロと共に赤い幕が引き、映し出されたのは、体育館のバスケット・ゴールの写真。60歳を超えた3人のトップ・ミュージシャンは、ハード・ロッカーに憧れる少年達に戻った。
デビュー・アルバム「Rush」のリリース直後の1974年、RUSHのオリジナル・ドラマーだったジョン・ラッツィーは、その座をニール・パートに譲る事となった。そして2008年、バンド脱退の理由のひとつであったI型糖尿病の合併症によって、ジョン・ラッツィーはこの世を去る。振り返れば、必然であった別れとその後の大きな成功、そして永遠の別れ。今のRUSHには似つかわしくない程に、シンプルなロックン・ロールは、成功を夢見た少年達の、若き良き日々、そしてこの世を去ったかつての仲間へ手向けるかのように、熟れた音でいささか切なげに響き、コンサートを締めくくった。
客出しのショート・ムービーは、ライヴ終了後、なぜか命を与えられて楽屋を占拠し出したアート・ワークのモチーフ達に、RUSHのメンバーが追い出されてサヨナラ…というストーリー。…最後の最後まで、手抜かりがない。徹頭徹尾、聴き手を引き込んでいくアリーナ・ショウだった。老舗バンドのラスト・ツアーに時に伴う、老いや衰えを全く感じさせない、力漲るパフォーマンス。もしかすると、これが本当に「終わり」かもしれない、いや、心変われば、その命ある限り、またRUSHの3人は、気紛れに世界中を旅するのかもしれない。感傷よりも、そんな期待を抱かずにいられないステージだった。
SET LIST
Set 1
1.The Anarchist
2.Headlong Flight
3.Far Cry
4.The Main Monkey Business
5.how it is
6.Animate
7.Roll the Bones
8.Between the Wheels
9.Losing It (with Ben Mink)
10.Subdivisions
Set 2
11.Tom Sawyer
12.YYZ
13.The Spirit of Radio
14.Natural Science
15.Jacob's Ladder
16.Cygnus X-1(excerpt)
17.Closer to the Heart
18.Xanadu
19.2112 Part I: Overture
20.2112 Part II: The Temples of Syrinx
21.2112 Part IV: Presentation
22.2112 Part VII: Grand Finale
Encore
23.Lakeside Park
24.Anthem
25.What You're Doing
26.Working Man